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土井さんの「野山の花と蝶を訪ねて」

私がこれまでに訪ねた野山で出会った花や蝶たちを、思いつくままに紹介していきます。 今回は「サクラソウ」を紹介します。

【№15】サクラソウ(桜草)
       サクラソウ科サクラソウ属
       学名 Primula sieboldii

  • 日本では、北海道南部から本州、九州に分布し、 海外では、朝鮮半島から中国東北部、シベリア南部へかけても分布しています。 川岸や山麓の湿気の多いところに生える多年草です。 花が美しいので採取されたり、河川改修で自生地がなくなるなどで、 特別に保護されている場所以外で野生の群落をみることはほとんどありません。 大阪府の花に指定されていますが、大阪府内では、まったく見ることができず、 レッドリストに掲載されてもおらず、なぜ大阪府の花に指定されたのかよくわかりません。 近畿では、和歌山県の高野山(絶滅)や兵庫県の西播磨で記録はありますが、 今では、植物園以外でみるのは難しい状態です。
  • 埼玉県の浦和の近くの荒川の河原には、「田島ヶ原サクラソウ自生地」があり、 国の特別天然記念物に指定されています。 現在では、サクラソウの最大の自生地となった貴重な群落で、 野焼きをするなど熱心に保護活動が行われています。 以前近くに住んでいたので4月中旬から下旬の開花時には良く観察にいきました。 ノウルシの黄色い花をバックに一面にピンクの花を咲かせています。
  • サクラソウは、異型花柱花の代表例として紹介されることがあります。 サクラソウの花は、雌しべの花柱が長くて柱頭が花弁の上に出ている長花柱花(写真4)と、 花冠から雄しべの葯のみが見える短花柱花 (写真5) の2タイプがあります。 自家受粉を防ぐ為の工夫で、違うタイプの花の花粉が受粉しないと結実しないとされています(文献1),2))。 実際は、長花柱花や短花柱花が自家受粉した場合でも、 すくないながら種子ができることが確認されています。 また雄しべと雌しべの柱頭が同じ場所にある等花柱花も少なからず存在し、 種子ができるそうです(文献3)。 さらにサクラソウは種子繁殖以外でも株元から芽を出す栄養繁殖でも繁殖していて、 さまざまな手段で子孫を残す方法を供えているようです。
  • サクラソウは、古典園芸植物で江戸時代に品種改良され、 数百に及ぶ品種が作られた古くから愛好された植物です。 今でも愛好者が多く、植物園などでサクラソウの園芸品種を集めた展示会が開催されています。
  • サクラソウ属の種(日本に約30種)のうち、 19種が環境省の絶滅危惧種に指定されています。 ハクサンコザクラ(Primula cuneifolia var. hakusanensis)やユキワリソウ(Primula modesta)等、 どの種も花はよく似ており、高山や局地的に分布する種がほとんどで、 初夏~夏に山に出かけると出会うことができます。
  • サクラソウ属の園芸品種は、プリムラと呼ばれ多くありますが、 プリムラ・マラコイデス(Primula malacoides)は、 中国雲南省原産の野生種(中国名:報春花)を改良した種で、 花の形や雰囲気はサクラソウによく似ています。 これらのサクラソウ属の花は、 サクラソウと同じく異型花柱花をもっているので2つタイプの花が観察できます。
  • 可憐なサクラソウは、多様な繁殖様式を備えていても、 現在の大きな環境変化への対応は難しいのかもしれません。 いつまでも、春を告げるその姿をみられることを願っています。

(2013年4月)

1)鷲谷 いづみ   「サクラソウの目」 地人書館(1998)
2)鳥居 恒夫他  「週刊朝日百科 植物の世界」 朝日新聞社 Vol.61(1995)
3)佐々木章他  「サクラソウの遺伝的多様性の保持に必要な保護地の面積」 日本造園学会九州支部大会講演要旨集(1998)


写真1 田島ヶ原のサクラソウ自生地(埼玉県さいたま市荒川:特別天然記念物指定:黄色い花はトウダイグサ科のノウルシ、スイバの花穂も見えている。)
サクラソウ1

写真2 サクラソウ(埼玉県さいたま市)
写真3 サクラソウ(埼玉県さいたま市:白花)
サクラソウ2 サクラソウ3

写真4 サクラソウの長花柱花とその断面 (埼玉県さいたま市:花柱が上まで伸び、柱頭が花冠から出ている。 雄しべは花冠の中間にあり、上からは見えない。 断面では、雌しべの柱頭が上まで伸び、雄しべの葯が黄色くみえている。 花冠の中心の白い部分は、ポリネーターに蜜のありかを示す蜜標、 花びらの白い筋は、ハチ類が吸蜜したときに足でつけた傷と思われる。)
サクラソウ4 サクラソウ5

写真5 サクラソウの短花柱花(群馬県桐生市新里町:雄しべが花冠の上部にあり、 花柱は、短くて、柱頭は上から見えない。)
サクラソウ6

写真6 サクラソウの園芸品種:珊瑚礁(茨城県筑波実験植物園):短花柱花
サクラソウ7

写真7 ハクサンコザクラ(石川県白山市白山にて:雪渓の雪が消えた後に群生している。 蜜標が黄色と白の2重)
ハクサンコザクラ

写真8 ユキワリソウ(栃木県日光市足尾町庚申山:崖の岩にへばりついて咲いている。 キンボウゲ科のスハマソウなども園芸的には雪割草と呼ぶが、 標準和名では、サクラソウ属のこの花がユキワリソウである。:この株は、短花柱花らしい)
ユキワリソウ

写真9 プリムラ・マラコイデス(ヨーロッパで改良された園芸品種)
プリムラ・マラコイデス

撮影と解説者紹介:

土井 雄一(どいゆういち) ・・ FIO会員

土井さんの写真 小学校時代から昆虫採集を始め、蝶を求めて各地の野山を訪ねる中で、 花の美しさにも魅せられて写真撮影に熱中。 森林インストラクター。